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カーテンコール

懐古厨の戯言

フォト一揆の思い出ととあるアルバイトの話

使っているSNSを整理しようかな~と思い、ばらばらの場所に書いていた記事をここに一本化することにしました。
これは、note.に投稿していた記事。思わぬきっかけでたくさんの方の目に触れることになり、当時とある掲示板に書かれることもあったため、有料コンテンツとしていました。今はもうジャニヲタとは言えないような人間なので、こちらで公開してもいいかと判断しました。微妙に加筆修正を加えています。

 

【キャバクラでバイトしていた元関ジュ担の話】
大学を卒業して、専門学校に通いだしたその年、バイトもせずに春松竹、Sexy Zoneの初アリーナコンサート、当時の担当がはじめて出演した滝沢歌舞伎、夏松竹、9月の日生を終えたわたしの口座残高は恐ろしいことになっていました。
そこで、専門学校の授業も落ち着いてきた秋口、ようやく重い腰をあげて働くことにしたわけです。キャバクラを選んだ理由は単純。シフトに自由がきいて、時給が高いから。あとは、大学時代に水商売のバイトをすでに経験していて、自分にとってはファミレスで働くのも夜の仕事をするのも感覚的には変わらなかったからです。

仕事についてはほんの少しだけ触れておきます。わたしの働いていた店の始業は夜の20~21時の間で、終業時間は決まっていませんでした。次の日学校があっても深夜2~3時まで働く日も稀ではありますが存在しました。給料は日払い。本当は月に○本は指名を呼ばないといけない、みたいなノルマが存在していましたが、やる気なし嬢だったのでうやむやにして完全日払いのまま辞めるまでごまかしていました。
いろいろなお客さんがいました。地域柄もあるかもしれないですが、厳しいお客さんが多かったです。いちいち真に受けていられないくらい、嫌なことを言われることもありました。そんな中で、働いて泥のように寝て楽しくない学校に通う。その日常のご褒美に関西ジュニアのステージがある。そんな感覚でした。
あと、ステージを観るたびに、男の人たちが汗水垂らして稼いだお金をわたしたちが心を削った代償としてもらい、そのお金がきらびやかなステージに消えていくというのは何とも不思議で、経済とはこうやって回っていくのだなぁと感じていました。

さて、ようやく本題に入ります。わたしが通っていた(というほど入っていませんが)その頃の松竹座には独特な文化がありました。「フォト一揆」と呼ばれていたそれは、千穐楽に担当のフォトセットを売り切れさせるべく、ヲタクがそのとき残っているフォトを買い漁っていくというものです。 なぜそんなことが行われていたかといえば、多分、当時の関西ジュニアの扱いにどうにかして反旗を翻したかったのではないかと思います。それと、担当にやめないでほしかったから。当時の松竹座と言えば、千秋楽のたびに誰かが泣き、それが退所の暗喩だったり、幕が開いたらポスターに名前が載っていたにもかかわらず姿がない子がいたりする、とても不安定な場所でした。
当時のわたしの担当はしょっちゅう退所の噂が立ったり、関西ジュニア内での立ち位置も少しずつ後ろに下がっていくような存在でした。フォトセットもいつもギリギリまで売れ残っていて、その場にいないわたしははらはらしながらTwitterを眺めるばかり。でも、働き始めて少しずつお金に余裕ができてきたわたしは、次の松竹からフォトを大量に買うようになりました。最初は50、そこからどんどん増えていったその量は、多分普通の人には理解しがたいものだろうと思います。実際、批判的な声ももちろんありましたし、わたし自身もそれが「正しい」行為なのかはわかりません。ただ、わたしが買いたいから買っていただけで、同意を求めるわけでもほかのヲタクを煽りたいわけでもありませんでした。
でも、ジャニーズJr.というとてつもなく不安定な位置にいる彼らを見つめるなかで、何かしら形に残る応援をしたかったのだと思います。個人によって準備数は違うでしょうし、売り切れるイコール人気があると認識されるかもわかりません。ただ、「○○のフォト売り切れたよ」と伝えられるのか「○○のフォト残ったから」と伝えられてしまうのか、どちらが彼の幸せだろう、と考えたとき、それはきっと前者だろうし、それなら微力でも彼を喜ばせたかった。
彼はステージの上ではいつも楽しそうで不安なんてないまま活動しているように見えていましたが、実際のところそうじゃなかったんだろうというのは、彼がデビューする前年に冬の松竹で見せた涙で知りました。彼自身もきっと自分の現在や将来を考えたとき、泣きたくなるほど怖かったのだと思います。それでもファンに夢を見せてくれていた彼が、愛おしくて仕方がありませんでした。

さて、ずいぶんと話が逸れてしまいましたので、ここでおしまいにしたいと思います。今年も松竹座では冬のコンサートが開催中です。フォト一揆はずいぶん廃れてしまいましたが、ステージに立つ彼らの輝きはきっとあのころと変わらないのでしょう。

#わたしの生い立ちジャニヲタ編

「4年間で変わったこと、変わらないこと」はてなブログは4周年!

はてなブログ4周年!おめでとうございます!そういえばわたしも今年の春ジャニヲタ4周年を迎えました。はてなブログとジャニヲタとしての わたしは同い年ということになります。4年間(と約半年)を振り返ってみると、そのころと今で変わらないのは「ジャニヲタである」ということぐらいで他はずいぶんと変わってしまいました。現場に対する考え方、担当に対するスタンス、お金の使い方などなど。
そこで、今回は生い立ち的に自分のジャニヲタライフを振り返ってみたいと思います。タイトルをハッシュタグにしたのは言わずもがな。皆さんのジャニヲタ生い立ちを見てみたいな~と思ってのことです。さて、それではわたしの4年間を分岐点になった出来事や現場数とともに振り返ってみます。

■2011年~はじめまして松竹座、はじめまして日生劇場
※大学4年生、バイトはパーティーコンパニオン(のちに掛け持ち)、単位はゼミ以外取り終えていたのでほぼフリーター生活
○4月
・DVD「少年たち 格子無き牢獄」を購入
→買ったときはエビキスのファン*1だったのでそちら目当てだったが、別ディスク収録だった関ジュ版の虜に。
○5月
中田大智退所
→第一線で活躍しているジュニアでも簡単にいなくなってしまう事実に驚きと戸惑いを覚え、「いつか」なんて考えていたらダメなんだ!と思い、担当を名乗ることを決意。夏の松竹座に参戦することを決める。
○7月
Kis-My-Ft.北海きたえーる「2011SUMMER Kis-My-Ft.2」1公演

→今は亡きJチケでチケットが余っていたので帰省ついでに初のぼっち参戦。案外余裕。確かトロッコ最前だったような気がしなくもない。
○8月
・関西Jr. 大阪松竹座「少年たち 格子なき牢獄…&SHOW TIME!」6公演
→ビギナーズラックで1階最前列センターのチケットが降ってくる。びっくりした。遠征に不慣れだったため、ホテル・バスともに高額だったが最初なので財布への負担は少なかった。チケット業務の仕方を知らなかったため、取れなかった公演はあきらめる。
Kis-My-Ft.東京ドーム「Kis-My-Ft.2 Debut Tour 2011 Everybody Go to TOKYO DOME」1公演
○9月
A.B.C-Z&関西Jr. 日生劇場「少年たち 格子なき牢獄」 11公演
→とにかく大好きな公演だった。破産した。ここ○9月でチケット業務(当時はmixiにお世話になることが多かった)と遠征のノウハウを覚える。東京まで往復10時間の遠征を5回こなす。*2あとから増やしまくったのでやたらと弾丸ツアーをしていたが、冷静に考えれば泊まった方が安く済んでいたはず。あと、名義増やした。
Sexy Zoneデビュー
→最初こそ「なんじゃこいつらは!」と思っていたくせに、気づけばふまけんフリークの仲間入りを果たしていた。日生で見たふまたん可愛すぎたし。
○11月
・スナックで働き始める
→9月の日生で残高がまじめに恐ろしいことになり、親にも注意されたので新たにバイトを始める。時給はそこそこで、シフトにめちゃくちゃ融通がきき、おいしいものが食べられて、1日の労働時間も決まっている。最高以外の何物でもなかった。時々お客のおじさんに説教されたけど、接客業ならクレーマーにあたるのは当然のこと。コンパニオンの方と合わせて週5で7勤くらいしていた。楽しかった。
関ジャニ∞ 札幌ドーム「KANJANI∞五大ドームTOUR EIGHT×EIGHTER おもんなかったらドームすいません」1公演

○12月
・関西Jr. 大阪松竹座「X'mas コンサート2011」7公演
→ファンサの喜びに目覚める。チケ運がよすぎて帰りの高速バスで事故って死ぬんじゃないかと思った。あとやたらと淳太くん運が強かったのに、淳太担の友だちと入ることがなかったので残念な限りだった。
・ウイルス性胃腸炎にかかる
→セクゾンの握手会直前に罹患。その後も浮気を試みるたび発熱や胃腸炎にかかるため担当の呪いではないかと話題に。
・カウコン初登場
→テレビで見ていただけだけど今でも「愛なんだ」を聞くとそのときの気持ちがぐわっとよみがえる。

2012年~伏兵現る、そして我慢の年へ~
※大学→専門学校へ進学、4~8月は実習が忙しくなかなか思うように現場に行けず。
○2月
A.B.C-Z 日生劇場「ABC座 星劇場」1公演
→エビキスファンだったころの名残でデビュー公演なら…といそいそ観に行き、ふまけんに射貫かれて帰ってくる。
Sexy Zone 東京国際フォーラム梅田芸術劇場Sexy Zone First Concert 2012」5公演
→1日3公演、5時からグッズ列にひとりで並ぶなど今までで一番体力的につらかった。内容についてはもうふまけん!!!!!!ってなってた記憶しかない。あと大阪の正門くん。風磨を好きになりすぎて担降りを考え始める。
・ルテアトル銀座「ビューティフル・サンデイ」1公演
→大好きな友だちとお泊りもかねて東京に集合。舞台もすごくよくてしばらく金平糖ブームだったし、今でも落ち込んだときは「エイチは世界で一番いい女だよ!」と励ましてもらいたくなる。
○3月
桐山照史 ルテアトル銀座「ビューティフル・サンデイ」1公演
・MarchingJ 東京ドーム「ジャニーズJr.選抜野球大会 2012」
Sexy Zone 横浜アリーナSexy Zoneアリーナコンサート2012」2公演
・関西Jr. 大阪松竹座「春休みスペシャルコンサート2012」2公演
→大学の卒業式の翌日に引っ越し、大体片付いたところで横浜へ向かい、そのまま夜行バスで大阪へというスケジュールを組んだのは、専門入学前の現場納めだったから。このあたりからスケジュールがかつかつで、前のように入りたい数だけ入れなくなってきた。担降りを考えていたが一発のファンサで引き戻される。お手軽。
○4月
日生劇場「滝沢歌舞伎2012」2公演
→入学したてでスケジュールも組みにくい時期だったが、どうしても行きたくて日帰り遠征した。担当が登場して口上を述べた瞬間、涙腺が崩壊したのを覚えてる。
○8月
・関西Jr. 大阪松竹座少年たち 格子なき牢獄…&SHOW TIME!」4公演
→あの配役が見たいな~と思っていたら現実になってしまった公演。死んでしまうかと思ったし、死んでもいいと思った。確か学校さぼった気がする。
○9月
A.B.C-Z&関西Jr. 日生劇場「少年たち Jail in the sky」7公演
→破産2回目。あと、名義増やした。
○11月
・キャバクラで働き始める
→二度目の日生破産を果たしたことにより、無職を脱することに。学校のスケジュールが一週間前くらいにならないとわからなかったりするので、普通にシフト組むバイトは難しいし、どうせなら高時給…ということで。毎日やめたかったけど1年以上続けることになった。もちろんお金には余裕ができたので現場は増やせた。ハッピー。
○12月
・関西Jr. 大阪松竹座「X'mas コンサート2012」5公演
→担当の誕生日公演、あんなにうれしそうな顔は初めてだったと思うし、うれし泣きするのを見て応援しててよかったなぁと心底思った。今でもなんだか大切な日だと思ってしまう。というか、現場入れないと!ってなる日。このあたりまでは基本自チケと交換でまかなっていたような?

2013年~ヲタク絶頂期~
※専門2年生、下半期は授業も減り週の半分はフリーター生活。
○3月
・関西Jr. 大阪松竹座「春休みスペシャルコンサート2012」5公演
○7月
・関西Jr. NHKホール「関西ジャニーズJr.初全国ツアー2013」3公演
→スケジュール合わない!チケット当たらない!で東京しか行けず。それでも大満足できたし、オーラスのトリプルアンコの歓声以上のものをわたしはまだ聞いたことがない。
○8月
・関西Jr. 大阪松竹座「ANOTHER」4公演
→友達含め自チケ全滅という初の事態。他の友達に譲ってもらったりなんだりしたけど、相場が恐ろしく高騰している公演だったためなかなか大変だった気がする。劇中歌がめちゃくちゃ好きだった。あとはじめてフォトセット100買ったのもこのとき。
○10月
新橋演舞場「大和三銃士」20公演
→この年はこれのために生きていたと思う。20回通っても足りない!と思ったし、生きていて楽しかった。普通に学校の授業もあってバイトもしていたはずだけど、演舞場にいた記憶しかない。そして早乙女太一に出会ってしまった公演。
○11月
ドラマ「SHARK」番協 2回
→ライブハウスでの番協。すっごい近距離に興奮する。メイキング映り込みにもほどがあって後日死んだ。
○12月
・関西Jr. 大阪松竹座「X'mas コンサート2013」4公演
→嫌な予感が胸をよぎる組み分け。公演自体はすっごく楽しかった。流星不在事件で責任のないふたりに謝罪させたのだけは今も許してないけれど。フォトセット140に増える。
・悪夢のカウコン
→語らずもがな。

2014年~なにこれどんな演出だよ!まさかのデビュー担へ~
※社会人1年目、先輩が出社拒否を起こし半年で現場責任者へ
○1月
早乙女太一 名鉄ホール「新春特別公演2014BUMP」2公演
→傷ついた心を癒してもらうため…というか現実逃避するため、夢を見せてもらうため年明け早々名古屋に飛んだ。
○2月
ジャニーズWEST 日生劇場「なにわ侍ハローTOKYO!!」2公演
→チケットなんて取っているわけもなかったが、数日前から出演フラグが立ちはじめたため急いでチケットを確保。初日の幕を開けてみればまさかの人数変更で。泣くほど嬉しかったのと、ここまでがシナリオなのかな?という思いと。でも、7人のええじゃないかはやっぱり泣けた。
○4月
ジャニーズWEST 大阪松竹座「なにわともあれ、ほんまにありがとう!」3公演
→ファンサ厨フラグ立つ。フォトセット75に減る。
○7月
ジャニーズWEST ZeppNamba デビューイベント 2公演
○8月
ジャニーズWEST 大阪松竹座「台風n Dreamer」3公演
ジャニーズWEST 横浜アリーナ「皆さんのおかげSummer Carnival」1公演
○9月
ジャニーズWEST 日生劇場「台風n Dreamer」2公演
→ファンサ厨疑惑深まる。担当への気持ち揺らぎ始める。

2015年~祝!初の担降り~
※社会人2年目、連休取るのに罪悪感が生まれる立派な社畜に成長
○1月
ジャニーズWEST 日生劇場「なにわ侍 団五郎一座」1公演
→内容に深みがあって(当社比)すごく面白かった、ゼロ番に立つ担当見てコロっと引き戻される。お手軽。
○5月
ジャニーズWEST 大阪城ホール「パリピポ」1公演
→見ていて違和感。これは違う、もう駄目だと思い担降りを決意。
○6月
ジャニーズWEST 神戸ワールド記念ホール「パリピポ」2公演
→1公演めで元担にさようならを告げて、2公演めで現担当に出会う。終わったあとのホテルでひとり担当会議を開き、翌日にはすっかり現担当の虜に。
○8月
・関西Jr. 大阪松竹座「少年たち 世界の夢が…戦争を知らない子供達&Summer Show!」3公演
→はじめてうちわ持てる!とルンルン気分でいたらうちわ狩られる。なのでフォトを買う。110セット買う。
○9月
・手下沼につかる
→何とか茶の間で踏みとどまったくせに、アクター沼にどぼん。そして今に至る。


こうして見るとやっぱり最初の一年間と2013年の濃さが異常だなと思います。だから、いまひどく物足りなく感じるのかもしれません。ジャニヲタを始めたころは一途こそ美学!だと思っていたけど、今は好きなものはたくさんあった方が楽しいと思う。入れたらそれで満足!質より量!だったのが、今はそこそこの席で入れる分だけ…というスタンスに変わったし。変わらずにいるって簡単じゃないですよね、やっぱり。

さて、タイトルをハッシュタグ風にしたのは言わずもがな。皆さんのジャニヲタ生い立ちもぜひ見せてください!お待ちしています!

 

*1:少クラを見て満足するくらいの茶の間

*2:東北在住だったのに、友達に「エイチいつも東京にいるね」と言われた

「担当」と「一途」

ジャニヲタ文芸部、数人の方からご参加いただいております。ありがとうございます!第0回締め切りは今月末となっておりますので、参加を悩まれている方も是非!お気軽にご参加くださいませ。

ichigonokimi.hatenablog.jp

さて、文芸部用にはまた違うものを投稿するとして、今日は近頃考えていたことについて書こうと思います。

つい先日話題になったジャニーズWEST・淳太くんの連載の件。あれはわたしとしては、不器用な淳太くんから淳太くん担当の皆さんへの「アイラブユー」だと思ったのですが、心痛めている方やご立腹なさっている方が結構いらっしゃいました。
言葉っていうのは本当に難しいですよね~。せめて本人の口から直接発せられたものならニュアンスも正確に伝わっただろうし、文面になるとあんなに刺々しくなってしまう。でもきっと淳太くんは今後もあの路線を継続していくと思うので、どうやってそんな彼とお付き合いしていくのか考えるきっかけとしてはよかったのかも…?と思ったりします。

そもそも、ヲタクとタレントの間に「浮気」なんてものは存在するのでしょうか。あるとしたらその基準は何なんだろう。逆に「一途」であることの必要性とは?ということを悶々と考えていたら随分と日にちが経っていました。
わたしは多分かなり「一途」に分類されるタイプのヲタクです。担当の現場以外には出向かない、担当の現場がない期間はひたすらじっと我慢する、テレビも担当が出ないものはほぼ見ず、CDやDVDも担当が出ないならば買わないことがほとんど。担当以外に興味がわかないので、自然と一途になっていきます。なので、カケモやDDの人の気持ちははっきりいってわかりません(別に嫌いだとかそういうことではなく)。
なぜ自分がこんなにもひとりのことしか考えられないかというと、わたしにとって「担当」の定義が「病的に愛せる人」だからです。
決してリア恋だとか本気愛だとかそういった類の人間ではないですが、多分、わたしの担当に対する姿勢、特にお金の使い方は理解されないことが多いだろうと思います。松竹座、で想像がつく方もいらっしゃると思いますが、担当のグッズが売り切れるかどうかが気になって仕方ない人間なので、そこに湯水のようにお金を使ってしまい(と言ってもほんの少しですが)、それにチケット代と交通費宿泊費…と足していくと他に割ける予算はゼロになってしまいます。このお金の使い方がもうすっかり身についていて、もったいないとはまったく思わず、むしろそこにできる限りお金を使えるようにしておきたいとすら思います。わたしのようなタイプのヲタクを気持ち悪いと思う人がたくさんいるのも事実ですが、きっとわたしはこれからもずっと同じ応援のスタンスでいる気がします。
でも、一途でいることで何かメリットがあるかといえば、ほぼないと思います。現場がない期間は暇だし、ヲタクとしてのモチベーションすごく下がるし。お金は溜まるけど、次の現場が決まれば振り込みに全部消えるわけだし。ただ、自分の中で感情が迷子にならないのでその部分はすごく楽。選択する必要がないので。いつだって選択肢はひとつだけ「担当のいるところ」なのはとても楽ちんです。

では、もし仮にわたしが「浮気」するとして、何をどうしたら個人的に「浮気」になるのかを考えました。その答えは実に単純で「現場のためのお金を落とし始めたら」です。気になるな~とかかっこいいな~とか思うだけなら全然問題ない、テレビ追い始める・動画探すのもセーフ、雑誌・DVD類を買うのもまぁギリギリセーフ。でも、「生で見たい!」と思い始めたら危ない。だって、ジャニーズの現場は「戦場」だから*1。そして、実際に行ってしまったらいよいよアウト。実際に見て「やっぱりいまいちだった~」ってなることなんて極めて稀なケースで、ほとんどの場合は「やっぱりかっこよかった!好き!」ってなるのが目に見えているんだから。そこをぐっと抑えられるかどうかで「浮気者」呼ばわりされても仕方ないかが決まるような気がします、個人的に。あくまで個人的に。

そして、今回淳太くんに「浮気者」呼ばわりされてしまった中に、もし「一途」にあこがれている方がいらっしゃるようだったら、ひとつおすすめの方法があります。それはずばり「自己暗示」です。わたしが元担当に対して丸4年、気持ち悪いほど一途だったのはこれによるものが大きいと思います。わたしが彼を応援し始めたころは、一途こそ美徳だと思っていて*2、それを公にすることをステータスにしていました。Twitterでひたすら「自担大好き」「自担しかいない」「自担が最初で最後」と呟いていただけですが、効果は抜群。人間って簡単に暗示にかかっていくものです、恐ろしい。振り返ってみれば本当に恐ろしいくらい一途だったし、それが楽しくて仕方ありませんでした。元担が最後の担当、元担を降りるときはヲタ卒するときだって信じていたんですけどね。そんなん嘘でした。自分で自分を洗脳していたようなものなのかなぁ。ある瞬間、パキンと音を立てるようにその価値観が崩れて、あっという間に担降りしていました。不思議なものです。

さて、思ったことを書き散らしていたら随分読みにくいエントリになってしまいました…。最後に、アンケートの宣伝をして終わりにします。ぜひ、答えてください!うん、簡潔!

ichigonokimi.hatenablog.jp

 

*1:参戦っていうくらいだから

*2:そのころは淳太くん以外の関ジュも一途さを求めていた、気がする